Autherine Lucy

Autherine Lucy

1954年、アメリカ最高裁の判決で公立高校での分離教育の禁止が決まる。この判決は、黒人にとってまた一つ自由を勝ち取れた・・・かのようにみえたんやけど、実際は各州の良識に任されることに。結局、差別意識の強い南部では、白人達のさらなる攻撃が・・・。

まずは56年にAlabama大学の入学が決まった、Autherine Lucyという女の子に、攻撃が降りかかる。
入学前に、NAACP(1909年に創設された全国黒人向上協会のこと)の協力を得て法廷で争って、やっと入学を勝ち取ることができたのに、いざ入学となると寮にも入れない、食堂も入れない・・・80kmも離れたBirminghamから毎日自動車で通わなければならなくなった。

第1日目は授業は無事受けることができたみたいやねんけど、その夜。学長宅にKKKが・・・「大学に黒人をいれるな!!」。家の前には燃やされた十字架(これがKKKの仕業だというしるし)。翌日から騒ぎはもっとひどくなって、Lucyの登校を阻止しようと、乗ってる自動車がひっくりがえされたり、約500人もの学生が車に石を投げつけたり。 警官の護衛付きでやっと家へ帰ることができたようだ。結局、入学3日後に、彼女の安全と学内の秩序のためにLucyの登校は当分の間、禁止されてしまう。

もちろん、学生の間にはLucyの味方もいて、約200人の生徒が彼女の復学を求める陳情書にサインをしたようなんだけど、チカラの全ては白人社会の州議会にあるわけだから、なんともならないわけで・・・でもLucyはこれに負けず、通学停止命令を不当とした裁判を起こし、再入学を認めてもらえたのね。

もちろんこの事件だけではなく、南部各地でこれに似た事件は続いて起こってたみたい。
そして、1957年にEisenhower大統領が黒人投票権保護を目的とした、新公民権法を成立することとなる。

2004年頃 初回掲載