too much doubt; execution of Troy Davis...「疑わしきは被告人の利益に」は働かないのか。

too much doubt; execution of Troy Davis...「疑わしきは被告人の利益に」は働かないのか。

1989年、ジョージア州のサバンナで非番の白人警官を射殺したことで有罪を宣告され、1991年から死刑囚として投獄されているTroy Davis。その彼の死刑執行が、この2011年9月21日に行われるという。

その死刑執行に対する反対運動がNAACPでも行われています。(NAACP=National Association for the Advancement of Colored People、全米有色人種地位向上協議会)

というのも、Davis氏は有罪を宣告されたものの、一貫して無罪を主張。また、これまで4回行われてきた公判では、目撃証言も9人の目撃者とされるうちの7人が「警察か強要された」といってるらしいし、他に犯人かと思われる人物も浮上していたりする。それに、物的証拠がでるでもなく、彼が犯人と決定づけるものは何一つないようなんよね。

裁判で基本とされてるのが「疑わしきは被告人の利益に」。

もとはラテン語からなんだけれど。
in Latin=in dubio pro reo
in English=When in doubt, in favor of the accused