今週末、ふとしたことから、私が大学生だった頃の本を見つけた。
Dickinson先生だったか、白人の先生で、インディアンや黒人の人種差別を主に扱ってくれた先生だった。

日本国内の大学なんですが、生徒は8人くらいの授業。
積極的な帰国子女に囲まれ、まだ留学前で大学入学前に生の英語でコミュニケーションした機会なんて数回くらいだった私。必死でくらいついてました。あの頃のことを思い出すと、今の自分より相当芯が強かったと思える。自分のことなのに、うらやましいくらい。もう30年も前のことです。

さて、話は変わって。
随分気付くのが遅くなったようですが、今日、映画「SOUTH CENTRAL」のレビューにコメントを頂いていたことに気付きました。

>> SOUTH CENTRAL(1994)邦題:サウス・セントラル 非情の街

確かに、内容うっすーいこと書いてたんだ、私。今見ると、正直恥ずかしいこと書いてましたね。思わず目を逸らしそうなくらい。20年前ですんで、許して(とはいえ、当時すでに30手前ですが)。

それで今日、気付かせてもらえたことを少し。

twitterなんてなかった時代の当時のブログって、今よりも思うがまま書いてた~(書けてた?)って気がする。興味がある人達が集まって、詳しいこと書いてなくても「お互い」が知ってるからのコミュニケーションしたり、全く知らないひとは「もっと知りたい」と言ってくれてた。掲示板(BBS)とか、懐かしい。

「炎上」なんて、めったになかった時代。
スキなものに夢中になれる、そういう人がスキなものへと自然とインターネット上で集まれる、いい時代だった気がする。老いも若きも、詳しい人もそうでない人も、日本人もその他の国の人も、国籍跨いじゃう人も、性別跨いじゃう人も。それなりのルールで、最初は距離感を保ちながら…

当然、たまに反論されることもあった。黒人女性から「あなたのイラストなんてモスキーノのようで、目新しいものなんて何にもない。(英語で)」と書かれたこともある。彼女に、私が勉強してきたこと、見聞きしてきたことなどを伝えたら、「そうなんだ。知らなかったわ。理解できるわ。(英語で)」とわかり合えた。きっとお互い、海外の距離が近くなったと感じながら。インターネットをもってしても、海外の映像などに今ほど簡単にアクセスできなかった時代(動画なんて見れなかったもん)。「日本女性が黒人文化なんて知るわけがない」って思って当然だもんね。

まぁ、私が英語を(単に話したいではなく)使えるようになりたい!と思ったのも、取りあえず自分の興味の範囲のこと(その範囲が英語圏の文化だったこともあり)について、きちんと自分の気持ちを自分の言葉で発してコミュニケーションしたかったからなんです。それが、失敗するかもしれないけれど、トライできるんだ・・・なんて、感動したものです。

ちょうど2000年に入る前。やっとアナログ回線からADSL回線に進化して。
当時のiMacのハードディスクの容量って、8GBくらい?
クラウドストレージの無い時代。もちろん、スマホもない。
デザインデータのバックアップは、CDでもDVDでもなく、MO。

インターネット普及開始時期から現在までを経験できていることって、すごく貴重でラッキーなことなんだと思う。

そんなことを考えさせてくれたコメントでした。
ありがとう。

PS.おそらく、コメント主は私がアラフィフのおばさんだとは思っていないだろうな。